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隠岐・中ノ島で大漁祈願の「ホーラエンヤ」-伝統150年、若者不足乗り越え継承に意欲

地元・海士町の海を愛する青年たちに受け継がれる

地元・海士町の海を愛する青年たちに受け継がれる

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 隠岐・島前中ノ島の豊田地区で4月19日、大漁を祈願する船祭り「ホーラエンヤ」が執り行われる。

穏やかな春の湾内に「ホーラエンヤ」のかけ声が響く

 江戸時代後期(1848年)から150年余りにわたって受け継がれてきた同祭。旧暦3月3日を季節の節目とし、春の漁期の安全と大漁を祈る。祭神は、大漁・海運の神として知られる美保神社(松江市美保関町)。分社を同地区の前身で旧豊田村へ勧請(かんじょう)したことが、祭りのきっかけになった。2年ごとの開催が恒例。小さな漁港に「ホーラエンヤ」のかけ声が響くとき、厳しい冬を乗り越えた漁師町に本格的な春が訪れるとされる。

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 祭りへ参加する人は船方(ふなかた)と呼ばれ、同地区で漁に携わる若者を中心に12人で構成する習わし。船方はこぎ手として引き船に乗り、ご神体を祭るみこしが積まれた船をえい航して豊田湾内を回る見せ場での主役を務める。

 見せ場では、伝統の衣装をまとった船方らの勇壮さも呼び物の一つ。同地区の梅原文雄さんは「私が子どもの頃は船方が憧れだった。16歳で初めて務めたときのことは、今も鮮明に覚えている」と回想する。現在は、同祭を後世へ伝えようと指導する立場になった。

 一方で同祭は、継承が危ぶまれていた時期も。船方の不足で2003年~2008年には、6年間にわたり開催が途絶えたことがある。この春には、同地区の男子高校生がゼロになるなど船方の確保に不安が残るものの、漁業者のみならず漁協や行政などの協力を得て、当面の開催にメドがついたところだという。

 「島の人間のみならず、島外からIターンしてきた人たちも集まり、祭りを受け継いでくれている」と梅原さん。船をこぐのに使う櫂(かい)が伝統のマツ製から昨年、ヒノキ製に変わったことに触れ、「この祭りが、時代に合わせながらも継承されていく様子がうれしい」と穏やかな語り口で喜びの表情を見せていた。